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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)290号 判決 1993年6月29日

群馬県群馬郡群馬町大字北原849番地

原告

株式会社木紙

代表者代表取締役

高橋隆男

訴訟代理人弁理士

戸水辰男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

青山紘一

田中靖紘

田辺秀三

主文

特許庁が昭和62年審判第7994号事件について平成3年10月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年4月13日名称を「織物」とする考案について実用新案登録出願をしたが、昭和62年1月30日拒絶査定を受けたので、同年4月30日審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和62年審判第7994号事件として審理した結果、平成3年10月3日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  実用新案登録請求の範囲第1項記載の考案(以下「本願考案」という。)の要旨

(1)  木材を薄くスライスし、かつウレタン樹脂2を含浸させたシート材1から成る素材Aを裁断して厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体3を形成し、該糸状体3を経糸または緯糸として2次元体を編成した折曲げ自由な織物。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、実公昭53-46380号公報(以下「引用例」という。)には、木材を厚さ0.3mm程度に薄く切削した薄葉単板1の表裏両面または表面にウレタン塗料2を塗布し、薄葉単板1の裏面側に和紙3を貼りつけた薄葉帯板aで編みまたは織って製品とすること、及び、薄板は柔軟性を有しないものであるが、薄葉単板の一面あるいは両面にウレタン塗料を塗布し、さらに紙を裏打ちすることによって厚味と柔軟性をもたせ、また、つや出しを計り、それによって平織り、網代編み等の製品を提供するものであることが記載されている。(第1欄25行ないし第2欄3行、別紙図面2参照)

(3)  本願考案と引用例に記載されたもの(以下「引用考案」という。)とを対比すると、両者は、木材を薄くスライスし、かつウレタン樹脂加工した部材で2次元体を編成した折曲げ自由な織物である点で一致し、2次元体を編成するために使用する部材として、本願考案では、木材を薄くスライスし、かつウレタン樹脂を含浸させたシート材から成る素材を裁断して厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を用いているのに対して、引用考案では、厚さ0.3mm程度に薄く切削した薄葉単板1の表裏両面にウレタン塗料2を塗装し、裏面側に和紙3を貼りつけた薄葉帯板aを用いている点で相違している。

(4)  そこで、上記相違点について検討すると、本願考案では、ウレタン樹脂加工としてウレタン樹脂を含浸させるとしているが、本願考案のウレタン樹脂の含浸とは、本願明細書中に実施例として記載されているように、厚さ0.05mmのブナ製経木より成るシート材をウレタン樹脂であるエラストロンDP-200の80%溶液に10分間浸漬することにより行うものも含むものであるから、その含浸の程度としては、引用例に記載されたようにウレタン塗料を塗装したものと比較して、格別な差異を認めることができない。したがって、引用例に記載されたようにウレタン塗料を塗装したものも、本願考案のようにウレタン樹脂を含浸させたものと同様の作用効果を奏するものと認める。

また、本願考案では、2次元体を編成するために、シート材から厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を形成しているが、2次元体を編成するために使用する部材の厚さ、幅は、編成しようとする製品に応じて当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎないものである。

さらに、引用考案では、薄葉単板1の繊維方向での割れを防止するために、薄葉単板1の裏面側に和紙3を貼りつけているが、ウレタン樹脂の塗装により、薄葉単板に十分な柔軟性と割れに対する強度が保持されるのであれば、和紙3は不要なものであるから、本願考案のように裏打ち用の紙を使用しないことも格別困難なことではない。

そして、本願考案の要旨とする構成によってもたらされる効果を総合しても、引用考案から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものではない。

(5)  以上のとおりであるから、本願考案は、引用考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願考案と引用考案とが折曲げ自由な織物である点で一致するとの点は否認し、その余は認める。同(4)のうち、本願考案のウレタン樹脂の含浸とは、本願明細書中に実施例として記載されているように、厚さ0.05mmのブナ製経木より成るシート材をウレタン樹脂であるエラストロンDP-200の80%溶液に10分間浸漬することにより行うものも含むものであること、引用考案では、薄葉単板1の繊維方向での割れを防止するために、薄葉単板1の裏面側に和紙3を貼りつけていることは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、本願考案と引用考案との一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤って、本願考案の進歩性を否定したものであるから違法である。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

引用例には薄葉単板の幅についての記載はないが、引用例の図面及び引用例の第2欄32行、33行に「手工芸用のものが生産できる効果がある。」との記載があることからすると、その幅は10ないし30mm程度であると考えられる。そうすると、引用例記載の薄葉単板により織った盤はある程度の折曲げは可能であるが、本願考案に係る織物のように180度折曲げが自由であるとはいえない。

したがって、本願考案と引用例に記載されたものとは、折曲げ自由な織物である点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  相違点についての判断の誤り(取消事由2)

<1> 木材を薄くスライスしたシート材にウレタン樹脂を含浸すると、ウレタン樹脂はシート材の内部まで完全に浸透する。一方、シート材にウレタン塗料を塗装しただけでは、そのウレタン樹脂はシート材の表面に偏在する結果となる。このことは、甲第4号証の1ないし4(群馬県工業試験場長作成の結果通知書)により明らかである。また、ウレタン塗料を塗布した場合は、ウレタン樹脂がシート材の表面に偏在しているので、ウレタン樹脂を含浸させた場合に比べて耐折強さの点で劣る。このことは、甲第5、第6号証(埼玉県製紙工業試験場長作成の試験成績書)により明らかである。この耐折強さが優れていることは、シート材を裁断して得た糸状体を普通の糸と共に織る場合に良好な状態で機械織りができるという効果をもたらすものである。

したがって、本願考案におけるウレタン樹脂を含浸したものと、引用考案におけるウレタン塗料を塗装したものとでは、含浸の程度としては格別の差異は認められず、同様の作用効果を奏するものであるとした審決の判断は誤りである。

<2> 引用考案に係る薄葉単板により織った盤は、わずかに折り曲げることができるものであって、同考案から折曲げ自由な織物を推考することはできないものというべきである。ところで、一般に経木シートから作った糸状体は曲げに対して非常に弱く、折れやすいものであるが、本願考案は、ウレタン樹脂を含浸させたシート材から成る素材を厚さ0.1mm以下、幅1mm以下に裁断して糸状体を形成したことによって、たとえ180度に曲げても折れにくく、そのために普通の糸と一緒に機械で織ることができるのである。

したがって、2次元体を編成するために、シート材から厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を形成することは当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎないとした審決の判断は誤りである。

<3> 本願考案の特徴は、裏打ち用の紙がなくても織物を織ることができたという点にあるのであって、この点は引用考案と相違しているところである。

したがって、本願考案のように裏打ち用の紙を使用しないことも格別困難なことではない旨の審決の判断は誤りである。

<4> 以上のとおりであるから、相違点についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2(1)  取消事由1について

引用例には、「この考案は薄葉単板の一面あるいは両面にウレタン塗料を塗布しさらに紙を裏打ちすることによって厚みと柔軟性をもたせ、・・・それによって平織り、網代編み等の製品を提供しようとするものである。」と記載されている(甲第3号証第1欄26行ないし30行)。一方、本願考案は、「曲げても、折れたり、割れたりせず、・・・耐久性の優れた木材利用の織物を提供する」ことを技術的課題とするものである。したがって、両者とも、織物にすることが可能な柔軟性をもつ点で共通するものであり、審決は、この点を折曲げ自由な織物である点で一致するとしたものであって、この認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

<1> 本願考案でいう「含浸」とは、「厚さ0.05mmのブナ製経木より成るシート材をウレタン樹脂であるエラストロンDP-200の80%溶液に10分間浸漬することにより行うもの」(実施例参照)であって、高温や加圧下でシート材中に強制的に浸み込ませるものではないから、本願考案の「シート材」とは、経木シートの内部までウレタン樹脂が完全に浸透したものに限定されず、断面中心部まで均一に樹脂が浸み込んではいないものをも包含するものと認められる。

一方、引用考案は、「木材を薄く切削した薄葉単板の表裏両面にウレタンを塗布するもの」であって、厚手ではなく薄手の木材の表裏両面に塗布するのであり、また、塗布によっても樹脂は板の内部にも浸透することになるから、このものにおいても、木材の断面の大部分の領域にウレタン樹脂が達するものと認められる。

甲第4号証の1ないし4、第5号証及び第6号証は、対象物である各材料の製造条件が具体的に示されておらず、これらが本願考案に係る織物及び引用考案に係る盤の実験結果に基づくものであると評価することはできない。したがって、上記甲号各証は、経木シートにウレタン樹脂を「含浸」した場合と、「塗布」した場合とで格段の相違が生ずるとの証拠とはなり得ない。

以上のとおりであるから、本願考案におけるウレタン樹脂を含浸したものと、引用例におけるウレタン塗料を塗装したものとでは、含浸の程度としては格別の差異は認められず、同様の作用効果を奏するものであるとした審決の判断に誤りはない。

なお、木材にウレタンなどの樹脂を「含浸」させることは本願出願前周知の技術であるから、「塗布」に代えて「含浸」することは当業者がきわめて容易になし得ることでもある。

<2> 織物を構成する糸状体の太さはその織物の使途に応じて決定することが技術常識であり、また、「厚さ0.1mm以下、幅1mm以下」の織物用糸状体は普通のものであるから、糸状体の太さをその使途に応じて、「厚さ0.1mm以下、幅1mm以下」とする点は、当業者が適宜決定できる設計的事項である。

したがって、2次元体を編成するために、シート材から厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を形成することは当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

<3> 引用例には、木材を薄く切削した薄葉単板の表裏両面にウレタン塗料を塗布すると柔軟性となって平織りが可能となる点が開示されており(第1欄19行ないし30行)、この点を考慮すれば、裏打ち用の紙を使用しないで織成することも格別困難なこととはいえない。

したがって、本願考案のように裏打ち用の紙を使用しないことも格別困難なことではないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、ならびに本願考案と引用考案とは、木材を薄くスライスし、かつウレタン樹脂加工した部材で2次元体を編成した織物である点で一致し、審決認定の点で相違していることは、当事者間に争いがない。

2  そこでまず、取消事由2の当否について判断する。

(1)  一般に、「含浸」とは、液体を金属又はその他の材料の中に浸透させることをいい(共立出版株式会社発行・「化学大辞典」〔成立に争いのない甲第7号証〕)、「塗装」とは、塗料を物体の表面に塗布し、表面で乾燥、固化させることをいう(東洋経済新報社発行・「塗料の実際知識」第21頁)から、技術的意味においては、両者は区別されるものである。しかしながら、本願考案の実用新案登録請求の範囲にはウレタン樹脂の含浸の方法・態様についての記載はなく、本願明細書中に実施例として記載されているものは、厚さ0.05mmのブナ製経木より成るシート材をウレタン樹脂であるエラストロンDP-200の80%溶液に10分間浸漬することにより行うというものであって(このことは当事者間に争いがない。)、本願考案は、特定の条件(例えば、加圧、高温)の下で強制的にウレタン樹脂をシート材に浸透させるものではないこと、引用考案においては、木材を厚さ0.3mm程度に薄く切削した薄葉単板の表裏両面または表面にウレタン塗料を塗布するものであって(この点は当事者間に争いがない。)、引用考案のシート材の厚さは薄く、表裏両面にウレタン塗料を塗布した場合には、相当程度ウレタン樹脂が浸透するものと考えられることからすると、本願考案の「含浸」と引用考案の「塗布」とで、シート材全体へのウレタン樹脂の浸透の程度としてみる限り格別の差異はないものと認められる。(但し、ウレタン樹脂の浸透自体によりシート材の柔軟性を確保しうるか否かは別問題であり、この点は後記(3)において触れる。)

成立に争いのない甲第4号証の1ないし4、第5号証及び第6号証によれば、0.05mmのヒノキ製経木より成るシート材をウレタン樹脂であるエラストロンDP-200の80%溶液に10分間浸漬したものと、シート材に上記溶液を3回塗布したものとでは、ウレタン樹脂の浸透の程度及び耐折強さに若干相違があることは否定できないが、甲第4号証の4によれば、シート材の表裏両面には上記溶液を塗布していないものと推認されることを考慮すると、浸透の程度及び耐折強さに格別の差異があるとまでは認め難い。

したがって、本願考案におけるウレタン樹脂を含浸したものと、引用考案におけるウレタン塗料を塗装したものとは、含浸の程度としては格別の差異は認められないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  本願明細書(成立に争いのない甲第2号証の2)には、「本考案は、一般の布素材等と同様に使用することができるもので、木製の糸状体を利用したことを特徴とする織物に関するものである。」(第2頁5行ないし7行)、「木材をシート状にし、更に糸状、帯状にしたものと糸とによって織布を編成する技術は公知であるが、従来はシート状木材を単に紙で裏打ちしたに過ぎず裏打ちをせずに木材シートを織布に利用することができない。こうした従来の織布では折曲げると、木が折れ損じたり割れたりし易く、強度の点から、実用性が殆んどないものであった。」(同頁9行ないし15行)、「そこで本考案は曲げても、折れたり、割れたりせず、水に強く、虫食いに対しても強くかつ変色しない耐久性の優れた木材利用の織物を提供するものである。」(第3頁2行ないし5行)、「本考案によれば、木材から成りかつウレタン樹脂2を含浸させた厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体3を経糸または緯糸にして織物を編成したものであるから折曲げが自由であり、例えば180度折曲げても折損したり割れたり裂けたりする虞れがなく、・・・木の肌合いをもった強靱な織布が得られ、・・・身装身回り品や、日用品、衣類その他の従来布製製品に使用できる特徴がある。」(第8頁4行ないし第9頁2行)と記載されていることが認められる。

ところで、被告が主張するように、織物を構成する糸状体の太さは一般的にはその織物の使途に応じて決定することが技術常識であり、また、「厚さ0.1mm以下、幅1mm以下」の織物用糸状体が普通のものであるとしても、上記記載によれば、木材シートを利用した従来の織布では、裏打ちしないと折り曲げると木が折れ損じたり、割れたりし易く、強度の点から実用性が殆どないものであったのであり、この記載を覆すに足りる証拠はないから、裏打ちしなくても曲げても、折れたり、割れたりなどしない耐久性の優れた木材利用の織物を提供することを技術的課題として、シート材から厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を形成することまでが、当業者において適宜決定しうる設計的事項にすぎないものとは認め難い。

審決は、本願考案において、シート材から厚さ0.1mm以下、幅1mm以下の糸状体を形成することは適宜決定しうる設計的事項にすぎないとしているだけで、引用考案から容易に想到しうるものとしているわけではないが、以下述べるとおり、シート材から上記厚さ、幅の糸状体を形成することは、引用考案からも容易に想到しうることとは認められない。すなわち、

当事者間に争いのない審決摘示の引用例記載事項及び引用例(成立に争いのない甲第3号証)によれば、引用考案は、紙で裏打ちした薄葉単板(木材をスライサー等によって薄く切削した単板)をもって織った盤にかかわるものであること、引用例には、薄板は柔軟性を有しないものであるが、引用考案は、薄葉単板の一面あるいは両面にウレタン塗料を塗布し、さらに紙を裏打ちすることによって厚味と柔軟性をもたせ、また、つや出しを計り、それによって平織り、網代編み等の製品を提供しようとするものであること(第1欄25行ないし30行)、木材を厚さ0.3mm程度に薄く切削した薄葉単板1の表裏両面または表面にウレタン塗料2を塗布し、薄葉単板1の裏面側に和紙3を貼りつけた薄葉帯板aで編み、または織って製品とすること(第1欄33行ないし第2欄3行)、引用考案により、天井板や衝立て、照明具のカバー、座用シート等のものを機械で量産することができるほか、手工芸用のものも生産できること(第2欄30行ないし33行)が記載されていることが認められる。

しかして、引用例には薄葉単板、薄葉帯板の幅について記載されていないが、上記のとおり、引用考案は「盤」にかかわるものであり、具体的には、天井板や衝立て、照明具のカバー、座用シート等のほか手工芸用のものの生産に利用されるものであって、身装身回り品や、日用品、衣類その他の従来布製製品に使用できる「織物」を対象とする本願考案とは異なっていること、及び引用例における「薄葉単板」、「薄葉帯板」という表現、ならびに引用例には、「紙による裏打ちのないもの(薄葉単板)は繊維方向に割れ目が起る」(第2欄12行、13行)旨の記載があることからすると、これらのものの幅は、本願考案においてシート材を裁断して形成される糸状体の幅である「1mm以下」とはかなりかけ離れた、ある程度の幅をもつものであろうと推測される。この幅の差に加えて、両考案における厚さの差、すなわち引用考案の薄葉単板0.3mm程度と本願考案の糸状体0.1mm以下の差を勘案して総合的に観察すれば、「盤」に係る引用考案における薄葉単板、薄葉帯板の厚さ及び幅は、経糸又は緯糸を編成した「織物」に係る本願考案における糸状体の厚さ及び幅に比して有意の差があるものというべきであるから、引用例には、本願考案における前記技術課題を前提として、木材シートから糸状体を得るという技術思想は何ら示唆されていないものと認めるのが相当であって、シート材から上記厚さ、幅の糸状体を形成することは、引用考案から容易に想到しうることとは認められない。

したがって、本願考案において、2次元体を編成するために、シート材から上記厚さ、幅の糸状体を形成したことは、当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎないとした審決の判断は誤りである。

(3)  引用例には、前記のとおり、引用考案は、薄葉単板の一面あるいは両面にウレタン塗料を塗布し、さらに紙を裏打ちすることによって厚みと柔軟性をもたせた旨の記載があるほか、「各薄葉帯板a、a’は薄葉単板1の折り曲げによる裂け易い性質が紙3によって防止されて柔軟性となり、これに対し紙3による裏打ちのないものは繊維方向に割れ目が起るので織りあるいは編むことができない。」(第2欄9行ないし14行)、「・・・この考案は、柔軟性に富み、ウレタン塗料により厚みとつや出しが著しく現われ・・・」(第2欄24行、25行)と記載されており、これらの記載によれば、引用考案において、薄葉単板の柔軟性や繊維方向での割れの防止は、ウレタン塗料の塗装のみによってもたらされているものではなく、裏打ち用の紙の使用がこれらに大きく寄与していることは明らかである。そして、その理由は引用考案の薄葉単板が本願考案のシート材に比し幅が広く、繊維方向に割れ目が起こることによるものと認められる。

したがって、引用例には、木材を薄く切削した薄葉単板の表裏両面にウレタン塗料を塗装すると柔軟性を備え平織りが可能となる点が開示されている旨の被告の主張は、裏打ち用の紙の使用の点を等閑しているものであって妥当とはいえない。

ところで、引用考案は、薄葉単板が柔軟性を有さず、繊維方向に割れ易いため、これを防止するために裏打ち紙の使用を必須の構成要件としているのであって、引用例には、ウレタン塗料の塗装により、薄葉単板に柔軟性と割れに対する強度が保持されるのであれば、裏打ち紙の使用は不要とすることができる旨を示唆する記載はないこと、本願明細書には、「ウレタン樹脂2は・・・木製シート材1に柔軟性を与えることができる。」(第4頁9行ないし11行)、「糸状体3はウレタン樹脂を含浸させているため木質が柔軟化しかつ強靱なものとなり、」(第6頁1行ないし3行)と記載されており、これらの記載によれば、本願考案において、糸状体の柔軟性はウレタン樹脂を含浸することによつて得ているものと認められるが、本願考案の糸状体はウレタン樹脂が含浸されたシート材を裁断して形成され、そのの幅は1mm以下と狭く、繊維方向での割れを生じにくいため、裏打ち紙の使用を必須の構成要件としていないのであり、したがって、裏打ち紙の使用の代用としてウレタン樹脂を用いているわけではないことからすると、本願考案のように裏打ち用の紙を使用しないことも格別困難なことではない旨の審決の判断は誤りである。

(4)  以上のとおりであって、審決は、本願考案と引用考案との相違点に対する判断を誤ったものであり、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。

4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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